【ジャポニズムとは?】西洋芸術史にみる日本美術の影響について- 重要人物16人と11の代表作品

Mayumi Folio
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西洋美術史の中で重要な存在であるジャポニズム。

 

ジャポニズムは、19世紀後半から20世紀初頭、世界が新時代へと動き出した激動のフランスで誕生しました。

 

ゴッホ、モネ、ロートレックにドガなど印象派の画家達はもちろん、ルイ ヴィトンのダミエ柄や、ドビュッシーの “海”、エミール ガレのガラス工芸など、その影響は計り知れません。

 

なぜ西洋の天才芸術家たちが、どうしてこれほどにまで日本の美意識に触発されていったのでしょう?

 

本記事では、

 

•ジャポニズムの基礎知識について

•西洋美術に影響をあたえた日本美術の基礎知識

• ジャポニズムに大きく関わった人物15人と、ジャポニズムを代表する17の作品リスト

 

といった点を中心に、西洋の芸術史の中に大きく影響を及ぼした、日本の美意識とジャポニズムについて紹介します。

 

この記事を読んで、ぜひ西洋のジャポニズムと日本の美意識について詳しくなってくださいね。

 

目次

どのようにして西洋にジャポニズムが広がったのか?

Japonisme van gogh echantillon 出典:Wikimedia Commons

ジャポニズムとは?

ジャポニズムとは、19世紀後半〜20世紀初頭に、日本の美術工芸品が、西洋の芸術(美術、工芸、装飾などの幅広い分野)に影響を与えた現象を指します。

 

開国された日本から多くの美術品が西洋に渡り、それらの表現方法や美意識に触発されたアーティストたちの間でムーブメントが起きました。

 

そして、西洋の芸術家たちが、日本美術の特質からインスピレーションを得て、各々の作品の中で、創造的に活かしていこうとする態度全般の総称を指します。

 

また、日本の美意識の特徴である自然への敬愛心や季節感など、それまで西洋にはなかった美への意識を持って表現され、デザイン工芸の世界にも大きな影響を与えたのです。

 

このように、ジャポニズムとは、日本の美術工芸品から影響を受けた美意識や表現方法について総称されます。

 

ジャポニズムとジャポネズリーとの違いって何?

歌川国貞 Three Women Viewing Cherry Blossoms 出典:Wikimedia Commons

 

一方、ジャポネズリー(日本趣味)は、好奇の目から発した日本美術への興味から、日本的な雰囲気を感覚的に取り入れた異国趣味的な表現。

 

これら二つには根本的な違いがあります。

 

ジャポニズムとジャポネズリーの違いは、前者は日本の美意識からインスピレーションを受け、「新たな創造」を生み出していくことに対し、後者は、「日本的な趣味」を取り入れたものを指します。

 

印象派ジャポニズムの前期は、このように、「ただのジャポネズリー趣味」と言われ辛辣な評価を受けた印象派の作品ですが、

 

次第に日本的な美意識の視点を取り入れた新たな表現方法として、ジャポニズムと呼ばれるようになりました。

 

ジャポネズリーの普及はいつごろから?

 

17世紀、ヨーロッパがまだ王政だったころ主にアジアの工芸美術作品を収集していたのは、王族や貴族でした。

 

貴族階級の間では、非西洋社会に憧れを抱き「オリエンタリズム」と呼ばれる、アジア趣味が流行していました。

 

特に彼らが競って収集していたのは、陶磁器や漆器類で、シノワズリーとよばれる中国趣味。

 

しかし、明朝の滅亡により中国による磁器の輸出が一時的に停止します。

 

そのかわりに、と、古伊万里や漆器など日本製の磁器が輸出されはじめるようになりました。

 

日本の美術品は、中国文化とはまた違った美意識が人気を呼び、すでに「ジャポネズリー」を特に愛する日本びいきコレクターが現れ始めましたのです。

 

しかし、この時代、日本は徳川幕府の世界に類を見ない鎖国制度を実施中。

 

日本を知るためには、オランダ商人など一部の貿易が許されているものが、出島だけの滞在によって得た情報を持ち帰る,という形でした。

 

日本は、多くの謎を含んだこの東の果ての国、黄金のジパングは神秘に満ち満ちていくのです。

 

こうした背景に加え、少しずつ西洋に渡る日本の美しい工芸品によって、西洋人にとって謎のヴェールにつつまれた魅惑的な夢の国になっていきます。

 

西洋の時代背景と日本の開国

謎の国日本も、1854年ペリー来航によって開国。

 

西洋が知りたかった、「まぼろしの国、日本」は、彼らの前に現れました。

 

ようやく現れた日本の姿は、西洋諸国にとって最も文化水準の高い[非西洋]だったといわれています。

 

その上、日本国民はとても礼儀正しく、どん欲に西洋の全てをしりたがる勉強熱心さと好奇心に満ちあふれていました。

 

おまけに独自の発展をしてきた日本製品のクオリティと技術の高さと、森羅万象に対するやさしい美意識。

 

そうしたインパクトと同時に19世紀の開国後、西洋へ日本の美術工芸品が大量に輸出されます。

 

よって西洋人の中の日本への熱いまなざしは益々加速して火がついていったのです。

 

印象派とは?

「印象派」とは、19世紀後半のフランスのパリで起こった芸術運動を指します。

 

わかりやすく言えば、「印象」を表現したアーティストたちの活動、というのでしょう。

 

それまで、室内で写実な描写をすることが基本だった西洋美術は新時代の風を受け、伝統を打ち破るべくさまざまな試みが行われていきます。

 

同時に18世紀の中頃まで、絵の具はチューブに入っていませんでした。

 

なので、持ち運びすることができるようになり、屋外での製作活動が可能になっていきます。

 

これにより、外の世界の空気や雰囲気を画面の中に取り入れていこうとする芸術家が増え色への挑戦も同時に生まれていったのです。

 

印象派は、明るい色彩や屋外の風景や人物を「印象」として表現していく創造表現が特徴的。

 

特にモネやルノワールなど、絵の具を混ぜることなく、短い筆でチューブから出した鮮やかな色を画面に置き、明るい光の表現を叶えていきました。

 

日本の美意識

ジャポニズムのはじまり

西洋絵画の主流は、宗教画、戦争画、肖像画は、室内でとにかく写実に表現することが求められていました。

 

19世紀のフランスでは、従来の美意識を超える表現方法を追い求める画家たちが日夜、新しい表現方法を探求していたのです。

 

新時代の荒波の中心地パリで生まれた印象派には、マネ、モネ、ゴッホにゴーギャン、セザンヌ… と、数えきれない巨匠が誕生します。

 

彼らは、競ってジャポニズムを題材にした作品を発表していったのです。

 

自然や生活の中にある美を、新しい方法で印象的に表現してゆくことを目指す作家たちは、どんなにどん欲に表現方法を探していたことでしょう。

 

そんな中、陶器をつつんでいた日本の浮世絵はパリにあらわれます。

 

西洋の芸術家が影響された日本の美意識とは?

View of Nihonbashi-bridge from Edobashi-bridge :Wikimedia Commons

新世界の幕開けの祭典であった、パリ万博には、かなりの枚数の浮世絵が展示されました。

 

そこで、発表された日本の浮世絵の中にある、斬新な色使い、観たことがない構図や、西洋ではありえなかった人物表現。

 

初めて見る日本の美意識は、彼らにとってなにもかもが斬新で新鮮だったことでしょう。

 

たとえば、当時、西洋絵画では輪郭線を使用した表現方法「背景と人物を線で分ける」という発想はなかったので、浮世絵に使われている斬新な配色は当時の画家達の色への概念を覆しました。

 

さらに日本独特な遠近法や画面の構図には、一つの視点からのパースペクティブの用いた表現方法が主流である西洋美術に真っ向から勝負するような感覚があったことでしょう。

 

このようにして北斎や歌麿など江戸で人気の絵師たちの表現は、当時のフランスで巻き起こっていた印象派の画家達の心眼を開花させる手伝いをします。

 

江戸時代のリユース習慣

江戸時代、浮世絵は庶民の大切な娯楽でした。

 

町民文化に花咲く江戸後期に、今の雑誌や写真のような感覚で人々に愛好されていたのです。

 

そして当時の日本人は、どのような紙も、何度もリユースされ最後の最後まで大切に紙をつかっていました。

 

現在の私たちが引っ越しの時に新聞紙でくるむような感覚で、割れ物である陶磁器を、西洋に輸出するため浮世絵が印刷されていた紙で包みで輸出していたのです。

 

こうして浮世絵は自然に西洋に辿り着いたのです。

 

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ジャポニズムにまつわる重要人物15人

では、早速ジャポニズムに深く影響を与えたと言われる人物についてご紹介します。

ヴァン ゴッホ

1889作 自画像 出:Wikimedia Commons

 

感情の率直な表現、大胆な色使いで知られ、ポスト印象派を代表する画家。

 

浮世絵に大きく影響を受けた作家でもあり、自身も弟のテオとともに膨大な浮世絵のコレクションを所有していた。ジャポニズムの代表作を多く発表している。

 

参考サイト:ゴッホ美術館

 

ピエール・ボナール

1889年 肖像画 出:Wikimedia Commons

 

反写実主義のナビ派の中心人物。

 

特にジャポニズムに傾倒していたといわれ、「ナビ・ジャポナール(日本かぶれのナビ)」という渾名で呼ばれるほど。

 

屏風のように一連作の大作や、浮世絵の構図から大きな影響が見られる作品を多数発表。

 

参考サイト:ボナール美術館

 

クロード モネ

クロードモネのポートレート 出:Wikimedia Commons

 

印象派の画家であり、多くの作品が日本の美意識からの影響をみることができる。

 

ジヴェルニーの自宅には日本庭園を意識して作られた庭があり、その庭を題材にした作品睡蓮のシリーズは晩年の代表作として今も世界中の人に愛されている。

 

葛飾北斎

凱風快晴 – 富嶽三十六景 出:Wikimedia Commons

 

江戸中期の浮世絵師。狩野派・土佐派・琳派・洋風画など和漢洋の画法を摂取し、読本挿絵や絵本、さらに風景画に新生面を開いた。

 

西洋のジャポニズムに特に影響を与えた人物。「北斎漫画」や「富嶽三十六景」が有名。

 

参考サイト:すみだ北斎美術館

 

喜多川歌麿

喜多川歌麿画 『美人花合』 「兵庫屋内 花妻図」:Wikimedia Commons

 

江戸後期の浮世絵師。喜多川派の祖。独自の美人画、特に大首絵を創案、女性の官能的な美を描き出した。

 

狂歌絵本・肉筆画も制作。

 

参考サイト:美術手帖

 

渓斎 英泉

葛飾北斎の肖像 作 渓斎英泉 出:Wikimedia Commons

 

江戸時代後期に活躍した日本の浮世絵師。遊女・芸妓に取材した濃艶・退廃的な美人大首絵を得意とした。

 

1886年5月当時の雑誌「パリ・イリュストレ」日本特集号が組まれ、渓斎英泉の「雲龍打掛の花魁」が掲載され多くの作家に影響をあたえる。しかし左右反転だった。

 

ゴッホの『花魁』へのインスピレーションを与える。

 

サミュエル ビング

サミュエル ビング(左)と友人たち 出:Wikimedia Commons

 

1880~90年代を通じて日本美術をパリへと精力的に紹介した古美術商の第一人者。

 

横浜港を通して日本の古美術を直輸入するルートを確保。

 

当時印象派の作家が多く住んでいたパリのモンマルトルにギャラリーを構え日本の浮世絵や工芸品を展示販売していた。

 

林忠正

林忠正のポートレート 出:Wikimedia Commons

 

明治時代に活躍した日本の美術商で、日本人で初めて海外に日本美術を販売した画商。

 

19世紀末のパリに拠点を置き、ジャポニズムに大きく関わった人物の一人。

 

フィリップ・ビュルティ

エティエンヌ・カルジャによるフィリップ・ビュルティのポートレート 出展:Wikimedia Commons

 

フランスの美術評論家、作家、詩人、イラストレーター、版画家、美術コレクター。印象派の擁護者であった。

 

東洋の美術品のコレクターでもあり、フランスの雑誌に「ジャポニスム」という言葉を始めて用いた。

 

江藤 源次郎

江藤 源次郎の肖像 グリニッチ歴史協会 出:Wikimedia Commons

 

19世紀にアメリカに渡り、アメリカ印象派画家達に日本画の技法を教える。

 

アメリカにジャポニスムを普及した日本人。

 

エミール・ガレ 

ヴィクトール・プルーヴェによるエミール・ガレのポートレート 出:Wikimedia Commons

 

高島北海と深い交流を持ち、エコール・ド・ナンシーの代表者で、アール・ヌーヴォーを代表する一人。

 

自然の造形を工芸に取り入れ、独自のスタイルを生み出し、現在までその人気は衰えることがない。

 

ナンシー派

1902年 花瓶 Encolies エミールガレ作   出:Wikimedia Commons

 

フランス北東部、ロレーヌ地方の中心地ナンシーが、今も世界中の人々を魅了し続けている芸術様式で、その中心人物にエミール・ガレがいた。彼に賛同した芸術家たちをナンシー派とよぶ。

 

昆虫や植物をモチーフにした幻想的な作品が多く、家具やガラス工芸など代表的な作品は今も多くの人に愛されている。

 

参考サイト:ナンシー派美術館

 

高島北海

高島北海のポートレート 出:Wikimedia Commons

 

日本画家。フランス ナンシー市に渡り、アールヌーヴォーの巨匠エミールガレと深い交流する。

 

ガレに日本美術を伝えた人物。北海がいなければナンシー派、アール・ヌーヴォーは生まれなかった。

 

クロード・ドビュッシー

クロード・ドビュッシーのポートレート 出:Wikimedia Commons

 

印象派の音楽家。ジャポニズムを音楽の世界で最初に取り入れたと言われている。

 

[海][亜麻色の髪の乙女][金色の魚]などは日本美術からインスピレーションを受けて作曲。

 

モーリス・ラヴェル

モーリス・ラヴェルのポートレート 出:Wikimedia Commons

 

印象派のフランスの作曲家。

 

「冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」に影響を受けてピアノ曲『洋上の小舟』を作曲。

 

他にも日本の絵画から影響を受けたとされる作品に[水の戯れ]がある。

 

ジェームス・マクニール・ホイッスラー

ウォルター・グリーブスによるホイッスラーの肖像画 出:Wikimedia Commons

 

イギリスへの日本美術の伝達の代表者。19世紀後半の画家、版画家。おもにロンドンで活動。

 

印象派の画家たちと同世代であるが、その色調や画面構成などには浮世絵をはじめとする日本美術の影響が濃く観られる。

 

クリストフル Christofle

1902年 コーヒーとティーサーバー デザイン:Paul Follot 出:Wikimedia Commons

 

1830年創業のフランス老舗カラトリーブランド。

 

1925年のパリ万博ではアールヌーヴォー、アールデコ調のジャポニズムに影響された作品を発表。

 

当時のデザインは日本の漆工芸品から多く着想を得たと言われている。

 

ジャポニズムの代表作品 絵画

ゴッホ 「タンギー爺さん」

1899年 タンギー爺さん 出:Wikimedia Commons

 

当時印象派の画家が多く住んでいた、パリのモンマルトルの画材屋を営むタンギー爺さんをモデルにゴッホが制作。ジャポニズムの代表作。

 

背景に浮世絵が飾られ、ゴッホがかなり傾倒していた日本の美術への関心が伺える。

 

鮮やかな色彩も浮世絵からの影響と言われている。

 

クロード モネ 「ラ ジャポネーズ」

1877年 Madame Monet en costume japonais 出:Wikimedia Commons

 

モネのラ ジャポネーズは、ジャポニズムの代表作。

 

ジャポニズム初期の作品の特徴として、技法はそれまでの西洋絵画を形式を見ることができるが、作品の題材に「日本らしさ」が取り入れられているのが特徴的。

 

同時に日本独自の色彩感覚や構図や画面構成の影響が見られる。

 

ピエール・ボナール 「坐る娘と兎」

1876年 坐る娘と兎 出:Wikimedia Commons

 

ジャポニズムに傾倒したボナールの作品の中でも、強く日本からの影響を見ることができる作品。

 

縦長の画面は掛け軸を思い起こし、曲線が際立つ女性のラインや、装飾的な題材を二次元にうまく空間構成しており、日本の絵画表現の影響をうかがうことができる。

 

マネ 「エミール・ゾラの肖像」

1868年 エミール・ゾラの肖像 出:Wikimedia Commons

 

ジャポニズムの初期の作品の多くには、日本の浮世絵や扇子、着物などがモチーフとして作品の中に現れるのが特徴。

 

この、マネの小説家エミール・ゾラの肖像にも、背景の壁に日本の浮世絵が飾られている。

 

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 「ムーラン・ルージュのラ・グリュ」

1892年〜1895年 ムーラン・ルージュのラ・グリュ 出:Wikimedia Commons

パリのナイトクラブ、ムーランルージュのポスターとして制作された、ロートレックの「ムーラン・ルージュのラ・グリュ」。

浮世絵のようにベタ塗りで人物を引き立たせ、デフォルメを誇張し、輪郭線が強調されている。

 

メアリー・カサット 「青い肘掛け椅子に座る少女」

1878年 青い肘掛け椅子に座る少女 出:Wikimedia Commons

 

北斎漫画の中にある、イキイキとした江戸庶民の姿に影響された西洋画家は多く、その代表として見ることができるのが、メアリー・カサットの「青い肘掛け椅子に座る少女」。

 

エドガー・ドガ 「背中を拭く女」

1888〜1892年 背中を拭く女 出:Wikimedia Commons

 

ドガの「背中を拭く女」も、メアリー・カサットの「青い肘掛け椅子に座る少女」北斎漫画に影響があると言われている。

 

ドガの踊り子シリーズの中にも、北斎漫画の影響を随所に見ることができる。

 

ジェームズ・マクニール・ホイッスラー「バラ色と銀色:陶磁の国の姫君」

1863年〜1865年 バラ色と銀色:陶磁の国の姫君 :Wikimedia Commons

 

アメリカの画家ジェームズ・ホイッスラーが、1863年から1865年にかけて制作した絵画。

 

日本風の調度品が揃う室内に佇む白人女性が、西洋風に着物を羽織り、切なげに佇んでいる姿を印象派の手法で描かれている。

 

浮世絵、とくに喜多川歌麿の影響を強く受けていると評論される。

 

ジャポニズムの代表作品 音楽

ジャコモ・プッチーニ 

[蝶々夫人]

 

クロード・ドビュッシー

[海][亜麻色の髪の乙女][金色の魚]

 

ラヴェル

『洋上の小舟』[水の戯れ]

 

ウィリアム・ギルバートとアーサー・サリヴァン 

オペラ『ミカド』

 

カミーユ・サン=サーンス

ルイ・ガレが台本を書いたオペラ『黄色い王女』(La Princesse jaune)

 

まとめ

ジャポニズムは動乱の歴史の荒波の中、奇跡的なタイミングで西洋に渡り、広まった日本の美意識から生まれました。

 

日本的なものであるジャポネズリーから一つの芸術的改革であるジャポニズムへの進化への道は、やはり日本独自の美意識や思想の奥深さにつながっています。

 

いつの時代も日本の中の普遍的で日常的なことが、海外に渡った瞬間、その中にある意味や価値を見いだされて大反響を巻き起こしてきました。

 

日本人の中にある、日常の営みや自然を敬う心、物事を敬い大切に接する気持ち。

 

江戸時代の芸術家たちが大切に表現したかった日本のすべてが、西洋から見て輝いていたのかもしれません。

 

日本人の私たちが時を超えて、ジャポニズムを理解することは日本の魅力にもう一度再確認させてくれます。

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