

ハラールは、ムスリム(イスラム教徒)の人にとってとても大切なものです。けれど、ムスリムが少ない国では、その考え方が生活の中で当たり前になっておらず、選択肢が限られてしまう場面も少なくありません。
日本も、その中の国のひとつです。ハラールかどうかが一目で分かる表示は少なく、多くの日本人にとっても「ハラールとは何か」は身近なものではありません。
それでも、日本を訪れるムスリムの人たちには、日本ならではの体験や文化、食事を楽しんでほしい。そのためには、「知らないから難しい」で終わらせず、安心して選べるようにしていくことが大切になります。
ハラールとは何か|ムスリムの生活に根づく価値観

ハラールは、ムスリムの生活に自然に根付いている価値観です。食事だけでなく、日々の選択や行動にも関わる考え方として、どのように受け止められているのかを見ていきます。
ハラールの基本的な意味
「ハラール(Halal)」とは、アラビア語で「許されている」「正当である」という意味を持つ言葉です。ここで言う「許されている」とは、イスラム教の教えに照らして、神(アッラー)によって許容されていることを指します。
ムスリムにとって、ハラールとは単なるルールや禁止事項の一覧ではありません。
「これは神の前で正しい選択か」「心に引っかかることなく行ってよいか」を判断するための、生活の基準です。
日本では食事に関する文脈で使われることが多い言葉ですが、本来のハラールは食に限らず、行動、習慣、仕事、旅の仕方にまで関わります。何を選び、どのように生きるか。その一つひとつを、信仰と照らし合わせながら、自分自身で納得して選び取っていく感覚が、ムスリムの暮らしに自然に息づいています。
ハラールとハラームの違い
ハラールと対になる言葉が「ハラーム(Haram)」です。ハラームは「禁じられているもの」「避けるべきもの」を意味し、イスラム教の教えに基づいて定められています。アルコールや豚由来の食品が代表的な例として知られています。
ただし、ハラールとハラームは単純な白黒の線引きではありません。何がハラールで、何がハラームかを知ることは大切ですが、それ以上に重要なのは、自分自身が納得して選べているかどうかです。
ムスリムにとって、ハラールとハラームは「守らされる規則」ではなく、心に引っかかりを残さずに行動するための目安のようなものです。だからこそ、同じムスリムであっても、判断や向き合い方に違いが生まれます。
ムスリムの暮らしとハラールの考え方

ハラールは、ムスリムの日常に静かに寄り添う考え方です。暮らしの中でどのように意識され、選ばれているのかを紐解いていきます。
日常の中で自然に選ばれているハラール
ハラールは、特別な行事や宗教的な場面だけで意識されるものではありません。毎日の食事はもちろん、身につけるもの、移動手段、旅先でどこに泊まり、どんな空間で過ごすかといった、日常の細かな選択の積み重ねの中にあります。
たとえば外食をするとき、宿泊先を選ぶとき、誰かと同じ時間を過ごすとき。その都度、「これは大丈夫だろうか」「説明しなければならないだろうか」と考え続けるのは、想像以上に気を遣うものです。だからこそムスリムにとってハラールは、何かを我慢するための決まりではなく、迷わず選べる状態をつくるための考え方として日常に根づいています。
安心して選べる環境があると、心は自然と落ち着きます。気を張らずにいられるからこそ、食事を楽しみ、人との時間に集中する余裕が生まれます。ハラールは、ムスリムの暮らしにおいて、主張するものではなく、静かに生活を支えている存在なのです。
信仰とともに生きるという価値観
イスラム教では、信仰は生活から切り離されたものではありません。祈りや食事、家族との時間、仕事や旅も含めて、信仰とともに生きるという考え方があります。
そのため、ハラールを意識することは、特別な努力ではなく、日々の選択を丁寧に行うことに近い感覚です。信仰を大切にしながら、自分らしく生きる。その延長線上に、ハラールという考え方があります。
実践の度合いは人それぞれ|多様なムスリムのあり方
ムスリムと一口に言っても、信仰との向き合い方や日常での実践の仕方は一様ではありません。食事や服装、旅先での行動についても、厳格に教えを守る人がいる一方で、状況や環境を考慮しながら柔軟に判断する人もいます。
たとえば外食や旅行の場面では、「ここまでなら問題ない」「これは避けておきたい」といった判断が人によって異なります。それは信仰心の強さや弱さを示すものではなく、置かれている環境や個人の考え方の違いによるものです。
大切なのは、外側から「これが正しい」と決めつけないことです。ムスリム自身が、自分の信仰に照らして「これは自分にとって大丈夫だ」と納得できること。その選択が尊重される環境があることで、安心して行動することができます。
ハラールへの向き合い方に幅があるからこそ、一律の対応ではなく、「これなら大丈夫」と自分で感じられる状態を整えることが大切です。それが結果として、ムスリム一人ひとりにとって心地よい体験につながっていきます。
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食事だけではない、ハラールの意味

ハラールの考え方は、食事のルールにとどまりません。食事を超えて広がるハラールの考え方を、暮らしや体験の視点から見ていきます。
食のルールを超えたハラールという考え方
ハラールは食事のルールとして語られることが多いものの、本質は「何を口にするか」だけに留まりません。何が使われているのか、どのような工程を経ているのかが分かること。その情報をもとに、自分で判断できる状態が保たれていることが重要です。
これは食事だけでなく、体験やサービス、旅の過ごし方にも当てはまります。安心して選べること。それ自体が、ハラールの大切な意味です。
| 分類 | 基本的にNGとされるもの | 理由・補足 |
| アルコール | 酒類全般(ビール、日本酒、ワインなど) | 酔うこと自体ではなく、アルコールを摂取することが避けられる対象 |
| 食材 | 豚肉・豚由来成分 | 肉そのものだけでなく、ゼラチン・ラードなど加工品も含まれる場合がある |
| 食品添加物 | アルコール由来・豚由来の添加物 | 原材料や製造工程が不明な場合、避けられることが多い |
| 調理・製造工程 | ハラールでない食材と共通の調理器具 | 同じ器具・油を使うことで判断が難しくなる場合がある |
| 飲食の場 | 飲酒が主目的の空間 | 食べ物が問題なくても、場の性質を理由に避ける人もいる |
| 行為・習慣 | ギャンブルなど | 食に限らず、生活全般に関わる教えの一部 |
こうした判断を助ける目安の一つとして、ハラール認証があります。原材料や製造工程が第三者によって確認されていることで、安心して選ぶ基準になります。


マレーシア人のムスリム一家へ滞在した時の、食事のひとこまです。すべて、ハラール食材。バナナやマンゴーは庭の木から収穫されました。
プライバシー・空間・時間への配慮
ムスリムの暮らしでは、食事だけでなく、どのような空間で、どのような距離感で過ごすかも大切にされています。男女の距離感、肌の露出への考え方、礼拝の時間などが尊重されることで、心から落ち着ける環境が生まれます。
大切なのは、何かを完璧に用意することではありません。「ここでは無理をしなくていい」「気を張らなくていい」と感じられること。自分の考えや習慣が尊重されていると感じられるだけで、その時間の印象は、大きく変わります。
変化するライフスタイルと、安心して選べる環境
以前は、旅先でムスリムが安心して選べる選択肢は限られていました。食事や滞在先について、常に自分で確認し続けなければならず、それ自体が負担になることも少なくありませんでした。
しかし近年では、文化や国境を越えて、それぞれの価値観を大切にしようとする流れが少しずつ広がっています。日本には、お茶や発酵、魚介を中心とした食のあり方など、自然とハラールに通じる食文化が根づいています。
大切なのは、特別な対応を重ねることではなく、「安心して選べる状態」をあらかじめ整えておくこと。その積み重ねが、ムスリムにとっても、日本側にとっても、自然で心地よい受け入れにつながっていきます。


モテナス日本が提案する「日本文化 × イスラム」体験
素材、空間、時間の流れ。それぞれが分かりやすく整えられていることで、日本文化の体験はより心地よいものになります。ここでは、ムスリムの価値観に寄り添いながら、日本ならではの文化を無理なく味わえる体験を紹介します。
自然からいただく「収穫 × 日本食づくり」体験

魚釣りや無農薬の畑での野菜収穫から、体験は静かに始まります。素材がどこで育ち、どのように手元に届くのかを、頭ではなく体で感じる時間です。自分の手で釣り上げた魚、土の感触が残るままの野菜。その過程を知っているからこそ、「これは何だろう」と不安になることはありません。
収穫した食材は、そのまま台所へと運ばれます。日本食の作り方を教わりながら、包丁を入れ、火を使い、香りが立ちのぼるまでの流れを、皆で分担しながら進めていきます。何が使われ、どのように料理になっていくのかを、自分たちの手と目で確かめる時間です。その分かりやすさが、肩の力を抜いて食と向き合える理由になります。
自然の中で体を動かし、食材と向き合い、同じ時間を重ねていく。何が使われ、どう進んでいるのかが分かるから、余計なことを考えずにいられます。その分かりやすさが、場の空気をやわらかくし、人との距離を自然に縮めてくれます。グループでも心地よく楽しめる、日本ならではの文化体験です。
貸切温泉とハラール懐石を楽しむ和風旅館滞在

静かな旅館に身を置くと、日本の時間の流れが少しゆるやかに感じられます。貸切温泉や客室露天といった空間は、周囲を気にせず、自分たちだけの時間を過ごせる場所です。人前で裸になる必要がなく、落ち着いて温泉を満喫できます。温泉という日本文化を、無理のない形で楽しめることが、滞在の心地よさにつながります。
食事の時間も同じです。ハラールに配慮した懐石料理は、使われている素材や調理法が分かりやすく整えられています。何が使われているのかを確認しながら、安心して箸を進められる。その迷いのなさが、料理そのものの味わいをより深くしてくれます。
貸切という選択、落ち着いた空間、分かりやすい食事。静かな滞在の中で、日本の旅館文化をじっくり味わえる時間です。
アルコールゼロで楽しむ、日本の「酒文化」体験

日本では今、アルコールを含まない飲み物で「酒の時間」を楽しむ文化が広がっています。ノンアルビールやノンアル梅酒、ノンアルハイボール、そしてアルコール0%の甘酒。お酒の売り場に並ぶそれらは、見た目や雰囲気は“酒”でありながら、アルコールを含みません。
この体験では、アルコールゼロの飲料を囲みながら、日本の酒文化に触れていきます。原材料や製法を確かめつつ、味や香りの違いを比べながら、自分に合う一杯を見つけていく。飲み物そのものに向き合う、静かな時間が流れます。
日本の酒文化は、ただ酔うためのものではなく、季節の気配や料理の流れに寄り添いながら、会話や間を楽しむ時間として育まれてきました。グラスを手に、同じ場に身を置く。飲み物の選択がその場の楽しさを左右しない。そんな日本の酒文化の一面を、アルコールゼロで体験できます。
文化体験の先へ|インセンティブ旅行としての展開

文化体験を単発で終わらせず、旅全体の流れとして組み立てていく。その視点があることで、体験はインセンティブ旅行としての価値を持ちはじめます。
ムスリムゲストにも無理のない形で満足度を高められる、旅の設計の考え方を紹介します。
ムスリムゲストにも満足度の高いインセンティブ旅行の考え方
文化体験を点ではなく、旅全体の流れとして組み立てていく。それが、インセンティブ旅行としての満足度を高めるポイントです。
ムスリムゲストを迎える旅では、食事や礼拝、空間への配慮が必要になります。ただし、それらを「特別な対応」として扱う必要はありません。安心できる環境が整っていることで、余計なことに気を取られず、体験そのものに向き合える旅になります。
例えば、素材の出どころが分かる食体験から始まり、人目を気にせず過ごせる貸切空間で一息つき、夜はアルコールゼロの飲み物を囲んで同じ時間を過ごす。それぞれは異なる体験でありながら、「判断に迷わず過ごせる」という一本の軸でつながっています。
ムスリムゲストに配慮したインセンティブ旅行とは、制限をクリアすることではなく、安心できる環境の中で、共有できる体験を重ねていくこと。日本文化の持つ丁寧さや間の美しさは、その価値を無理なく支えてくれます。



ハラール理解から生まれる、新しい日本のおもてなし

ハラールを理解することは、特別な対応を重ねることではありません。何が安心につながるのかを考え、選べる状態を整えること。その姿勢そのものが、おもてなしになります。
素材を尊重する食文化、静けさを大切にする空間、相手を思って先回りする心配り。日本に根づいてきた価値観は、ハラールの考え方とも自然につながっています。モテナス日本が目指すのは、誰かが無理をする旅ではなく、誰もが自然体で過ごせる時間。ハラールへの理解は、日本のおもてなしを、よりひらかれた形へと導いてくれます。


旅をこよなく愛するWebライター。アジアを中心に16の国にお邪魔しました(今後も更新予定)。
ワーホリを機にニュージーランドに数年滞在。帰国後は日本の魅力にとりつかれ、各地のホテルで勤務。
日本滞在が、より豊かで思い出深いものになるように、旅好きならではの視点で心を込めてお届けします!




